ダンスを卒業した日

ADHD娘の子育て

中学生になっても、娘はダンスを続けていました。

小学生の頃から通っていた大規模なダンススクール。輪にすっと入れるタイプではなかったけれど、本人もそれほど深刻な様子はなく、ダンスが好きだから続けている、そんな感じでした。高学年になってから少しずつ、その様子に変化が出てきていました。

2回のお休みのあと



中学生クラスに上がり、しばらくして体調を崩したことがありました。週1回のレッスンを2回お休みして、久しぶりにスクールへ。

その日の迎えに行くと、娘はロビーにひとりで座っていました。いつもはお友達とお迎えの車が来るのを待っているのに。

「今日は1人だったの?〇〇ちゃんお休み?」

そう聞いた瞬間、娘は堰を切ったように泣き出しました。

話を聞くと、元々あまり輪に入れずにいた娘。いつも近くにいてくれた唯一の友達が他の子のグループに混ざってしまい、完全に孤立してしまったというのです。

「やめたくない。ダンス好きだからやめたくない。でも1人は嫌だ」

泣きながら、そう言いました。

好きなのに続けられない。その辛さに、私はどんな言葉をかければいいのか分かりませんでした。

小さなスクールへ

実は、続けたいと思っていたのは娘だけではありませんでした。

発表会でのキラキラした笑顔。どれだけダンスが好きかは、ずっと見てきた私にはよく分かっていました。そんな大好きなものを、仲間はずれを理由に終わらせてほしくなかった。娘の意思に反して、そういう形で幕を引かれることが、私には許せなかったのです。

何ヶ所か候補を挙げて娘に勧めてみましたが、娘はすでに新しい環境に踏み出すことを怖がっていました。知らない人たちの中に入っていって、またそこでも馴染めなかったら——。その不安が、足を止めさせていました。

そこで、一緒に登下校しているAちゃんが通っている小さなスクールに体験へ行くことにしました。知っている顔がいる。大規模な発表会への未練はあったようですが、そこでもダンスへの想いが娘の背中を少し押してくれました。先生との距離が近く、アットホームな雰囲気。これなら、と思いました。

ところが、しばらくして娘はここでも孤立するようになりました。仲の良かったAちゃんとの間に、いつの間にか距離ができてしまっていたのです。

なぜそうなったのか、当時の私には分かりませんでした。娘の周りでは少しずつ何かが変わり始めていました。それが後に不登校へとつながっていくのですが、その話はまた別の記事で。

また、踊る日まで


2つのスクールを辞めて、娘はダンスから離れました。

好きで続けてきたのに、思うようにいかなかった。そのことが娘の自信をさらに奪っていったと思います。

ただ、娘とダンスの話はここで終わりではありません。

不登校を経て、通信制高校に入り、少しずつ元気を取り戻していった高校2年生の頃から、娘は再び別のダンススクールに通い始めます。そしてトータル11年、高校を卒業するまで踊り続けました。好きなものへの気持ちは、どんな形であれ、消えないものだと思っています。

娘の習い事を振り返って思うことがあります。

「始めたら簡単にやめさせてはいけない」という考え方は今も根強くあると思います。その気持ちは分かります。でも私が大切にしてきたのは、やめないことではなく、好きなことや得意なことを通じて自信を育てること。結果や評価よりも、「楽しい」と思える何かに出会うこと。経験を積み重ねること。

娘にとってそれがダンスでした。遠回りはしたけれど、好きという気持ちが消えなかったから、また踊ることができた。そう思っています。

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